概要

「さまざまな分野を“つなぐ”人材」の育成


京都大学学際融合教育研究推進センター
政策のための科学ユニット長
川上浩司 教授

第4期科学技術基本計画が掲げる「社会及び公共のための政策」「社会とともに創り進める政策」としての科学技術イノベーション政策の形成のためには、科学技術や公共政策に対する社会の期待・懸念・問題認識を把握し、反映させていくことが求められています。そのためには、定量的なエビデンスに加え、社会の多様な主体による熟議(対話と熟慮)をふくむ「科学技術への公共的関与(public engagement)」「科学技術の倫理的・法的・社会的問題(ELSI)」研究が生み出すエビデンスが不可欠です。この認識のもと、平成25年度から本学の大学院生に対して開講する人材育成プログラムでは、科学技術の倫理的・法的・社会的問題(ELSI)に関する研究を基盤として公共的関与の活動と分析を行い、学問諸分野間ならびに学問と政策・社会の間を“つなぐ”ことを通じて政策形成に寄与できる人材の育成を目指します。

2種類の「つなぐ人材」:

  1. 異分野・異領域の「間」に立って橋渡しをする「媒介者」としてのつなぐ人材
  2. 個別分野の研究を行いつつ、その分野と他分野・他業種・市民等をつなぐ人材

修了後のキャリアパスとしては、各種研究職、行政職、政策秘書、シンクタンク職員、大学の研究戦略担当、リスクコミュニケーション人材などを想定しています。

研究においては、政策を実施すべき各分野において、何を仮説として設定するのか、また、複数の異なる領域、価値観から、どのように優先順位をつけて予算配分をするのかといった問題は重要なテーマです。

定量的なエビデンスにおいては、実世界における各種のデータを可視化し、そこから様々な手法で解析評価をする手法の深化も重要です。

医療分野を例にとると、ヘルステクノロジーアセスメント(Health Technology Assessment; HTA)は、医療の質を評価して実行するEBM(Evidence-based medicine)、EBMを実施するなかで、つぎにその費用対効果を評価する比較効用分析(Comparative Effectiveness Research; CER)を内包しています。いずれもその研究手法は、疫学、生物統計学、行動科学といった科学にもとづいています。1990年代後半から、欧州、米国、アジア諸国において、各国政府にHTAを実践する独立機関が設立されました。昨今、米国においては、HTA機関である健康研究評価庁(Agency for Healthcare Research and Quality; AHRQ)のみならず、医薬品等の許認可によってレギュラトリーサイエンスを実践する食品医薬品庁(Food and Drug Administration; FDA)もCERの重要性を訴えるようになっています。一方、日本においては、まだHTAの組織的研究は萌芽的であり、政府機関も存在していません。さて、HTAにおいては、EBMのためのエビデンス構築のためには、ある治療法等を介入として使用した質の高い臨床データを収集し、系統レビューを実施、そして各種データのメタ解析をおこないます。そこで、当該治療法がどの患者のどのような状況で有用なのかを評価し、そこで得られた仮設をもとに当該治療法を介入とした新規の臨床研究計画を策定し、ランダム化比較試験(RCT)を実施します。それらの集積によりエビデンスレベルの高い結論が得られていきます。さらに、エビデンスに基づいた医療が実践されるなかで、たとえば、二つの異なる治療法が存在し安全性・有効性が等しい場合、どちらがある疾患の治療に対して費用対効果が良いのかを評価するために、臨床状態を反映したマルコフ推移モデルを設定し、モンテカルロシュミレーションのような疫学、生物統計学的手法を用いて、CERを実施します。このように実世界のデータからエビデンスへ、エビデンスから政策へ、そして政策を実施したのちにそれを評価していくというサイクルが形成されていくことになります。

健康、医療分野においては、このような系統的な手順が、HTAとして科学に基づいた行政施策として発展を遂げつつあります。重要な科学技術分野であるエネルギー、環境、農業、食品、工学、宇宙などのテクノロジーアセスメント(TA)においてもこのような手法は有用と考えられ、様々な分野においてこのような研究を実施していくことは、政策のための科学として大変重要と考えられます。

さらに、私たちは、さまざまな学際領域の研究者同士が議論し、定量的研究、定性的研究と組み合わせて新しい学問を開拓していくことを目指したいと考えています。